今年、生誕150年を迎え秋田が誇る日本画家・寺崎廣業を回顧する「寺崎廣業展」が、秋より千秋美術館(秋田市)と県立近代美術館(横手市)で開催されるのに合わせ、廣業とゆかりある「天心」も上映する予定となり、紹介記事が秋田さきがけ新聞に掲載されました。
秋田のみなさま、どうぞお楽しみに!!
秋田藩佐竹家の重臣。寺崎広知の長男として生まれた寺崎は、16歳で狩野派の小室恰々斎に師事。22歳の時、四条派の平福穂庵(角館出身)に招かれ上京した。
美術誌の出版社「東陽堂」で古名画の縮写や挿絵を描いて腕を磨きながら、青年作家らと交流。天心にも教えを受けて日本美術院の創立、運営に深く関わっていく。
1907年に日本最初の官設美術展として始まった文展では、審査員を務めながら12回にわたり出品。東京美術学校教授も務め、主宰する「天籟画塾」では300人の門弟を抱えた。だが宮内省の帝室技芸員に任命された2年後、咽喉がんのため53年の生涯を閉じた。
「89歳で亡くなった大観のように寺崎が長生きしたら、どんな作品を残しただろう」。寺崎の作品所有者と親しく、熱心なファンである横手市の土田ゆきさん(50)は、そう思いをはせる。
今年は寺崎の生誕150年。土田さんは寺崎が生きた時代や新派に関心を持ってもらおうと、天心の生涯を描いた映画「天心」の上映会を企画した。9~11月に千秋美術館が開く「寺崎廣業展」に合わせて開催予定だ。
映画の見どころは、白い着物姿の天心らが並んで絵を描くシーン。門人たちと陽気に酒を酌み交わした翌日も、身を正して制作部屋に座ったという寺崎の逸話と重なる。映画に寺崎は登場しないが、土田さんは「実際には、厳かに真剣に絵に臨む人たちの中に寺崎もいた」と語る。12月~来年2月には県立近代美術館(横手市)が特別展「寺崎廣業とその時代」を開く。激しく揺れた日本画壇を支えた寺崎の功績に触れる好機が続く。(木村環)
秋田さきがけ新聞 平成28年4月24日朝刊